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kumaの自由きままなつぶやき

【人がSNSに依存する理由】SNS時代の今、全ての根源は承認欲求。

こんにちは、くまです。

今日は、SNSにおける「承認欲求」の話をしたいと思います。

 

生活の一部となったSNS

 

InstagramTwitterなどのSNSの存在が当たり前になった今日。私もそのうちの一人です。特にInstagramにおいては、24時間で投稿が消えるとストーリー機能を頻繁に使う人が増えていますね。アイコンの周りが赤くなりっぱなしという人も多いのではないでしょうか?これ、頻繁に駆使する人ならばすぐにピンとくる話です。笑

 

なかでも最近よく目にするのが、「親しい人」にだけ表示されるストーリー機能。こちらは赤ではなく黄緑色で、あらかじめ「親しい人」を選択して、ストーリー閲覧者を選べる機能です。

 

そもそも承認欲求とは?

 

以下、Wikipediaから拝借しました。

 

人間は他者を認識する能力を身につけ、社会生活を営んでいくうちに、「誰かから認められたい」という感情を抱くようになる場合が多い。この感情の総称を承認欲求という。

 

なるほど。誉めてもらいたい、努力を分かってほしいなど、他者から自身の存在を認めてほしいという欲求ですね。

 

商法としてのSNS

 

私の友人に、おしゃれで顔も可愛いAさんがいます。そんなキラキラした人のSNSって、必然的にイイね!が増えると思いませんか?芸能人は然り、インフルエンサーなどがその類ですね。

 

「どんな服を着ているんだろう」「毎日何を食べてそんなスタイル保つのかな」「どんな化粧品を使っているんだろう」「石原さとみが使っている口紅が欲しい」など。

 

SNSを見れば、日常に触れることができます。生活を少し身近に感じることができるはずです。「インフルエンサー」が誕生したのはこの道理ではないでしょうか。

 

更新の内容ですが、些細なことほど興味が持てるはずです。「朝ごはんは〇〇を食べました」「今日着ている服のブランドは〇〇です」など。雑誌やテレビのように着飾った姿よりも、その人のいつもの日常を知りたいという心情が、フォロワーの心の奥底に隠れているはずだから。

 

芸能人やインフルエンサーの方々の更新は、一つの商法です。「人」という商品をいかに魅力的に宣伝するか、知名度をあげるのか。そこから派生した「洋服」や「化粧品」などの商品もそうです。何気ないSNSの更新でも、様々な戦略が練り込まれています。新しいドラマ、イメージキャラクターとなっている商品等のPR、または本人の知名度アップのためにSNSを更新します。もちろん、「ファンともっと密に繋がりたい」という気持ちもあるでしょう。どんな理由にせよ、フォロワーに何かしらのメリットがありますよね。得られる情報がある。幸せな気持ちにもなる。

 

友人Aさんの承認欲求 

 

話は戻りますが、Aさんは四六時中ストーリーを更新します。そんなに更新するネタがあるのか?と思いますよね。ありません。でも更新するんです。例えば、「今日は疲れて夜ご飯作れないから食べなくていいや」「新しいコート買ったけど違うデザインの方がよかったな」とか。行動を逐一報告し、まるでTwitterのつぶやきのようにストーリーを更新します。一般人といえども、可愛い人やかっこいい人は、ある意味最も身近なインフルエンサーです。それゆえ、私も最初は、更新を心待ちにしていました。でも、今では見ていません。笑

 

なぜなら、「承認欲求の塊」で、見ている側にメリットがないから。メリットとまで言わずとも、面白みが何もないからです。

 

Aさんの更新について時系列で考えてみます。私含め、Aさんのフォロワーの心情の変化が分かると思います。

 

①とても些細な出来事、心情を頻繁に更新し続けるAさん。当初は、「ちょっと更新多いな~」くらいでした。

②何日もそのような状況が続くと、鬱陶しくなります。「ちょっと多すぎないか?もう見たくない、どうせまたくだらない更新でしょ」

③相変わらず続く鬼のような更新。鬱陶しいを通り越して心配になります。「誰にも話せなくて、SNSで吐露しているのではないか?」

④友人たちの間で、Aさんの更新が話題になります。「あまりにも多くて見たくない。実はミュートした」

 

いかがでしょうか。これはAさんの一例にすぎないですが、なかなか悲惨な結末です。Aさんは何にも知らないんですけどね。(そもそも周りがどう思うかを全く気にしていないかもしれませんが)

 

そんなある日、友人Bさんが、Aさんについて一言。

 

「承認欲求が異常に強いよね、大丈夫かな、あの子。」

 

私はハッとしました。そうか、Aさんは誰かに認めてほしくて、聞いてほしくて、寂しくてSNSに依存しているんだと。だけど考えてみれば、私の更新だって承認欲求でしかないのではないか?〇〇ちゃんも〇〇くんだって、同じじゃないか?

 

なぜ自分がSNSを更新するのかなんて、考えたこともありませんでした。なんとなく、友人達と繋がっていられるという感覚はあったかもしれませんが。だけど行動のルーツって、みなさん考えたことありますか?私の場合は、日頃の些細な出来事・感情をとにかく誰かに発信したくて、形にしたくて更新しているかも・・・と思いました。反応の有無は置いておいて。そう考えると、

 

SNSの更新=他人にとってはくだらない

 

これがベースとなっても仕方ないかなと。先ほど述べた通り、知名度や発言力のある人の更新には、商売要素が絡められています。全員とは言いませんが、確率は高いです。だから、フォロワーにとって有益な情報を積極的に発信します。丁寧に、分かりやすく、共感を生むような更新を心掛けているはずです。

 

ですが、一般人の更新には商売要素はありません。自分の好きなように、自由に発信しているだけなのです。それがつまらないのは当たり前ですよね。そもそも他人の生活に興味がない人だって多いのに、(だけどSNSを見るのはまた別の話ですね)それを毎日毎日発信されたって何の感銘も受けません。

 

結論、SNSは自由。いろんな形があって良い。

 

SNSってこうあるべき」って、型にはめる必要はないんです。嫌なら見なきゃいい、ミュートなりブロックなりしたらいいんです。そのための機能ですから。逆にミュートされようがブロックされようが、それも個人の自由です。

 

依存しすぎず、お互いの承認欲求を発散する場として、いくらか寛容的にSNSを見れるといいですよね。